今日は
「ビジネス寓話シリーズ」
をお送りいたします。
「一艘の船」
どんな教訓があるのでしょうか?
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若い農夫が全身汗まみれで
「小舟」
を漕いで上流に向かっていました。
彼は上流の村に
「自分が作った農作物」
を届けようと急いでいました。
その日は暑く
「彼は早く帰りたい」
と思っています。
前を見ると
「急速に別の船」
が彼の船に近づいてきます。
この船は彼の船をめがけて
「ぶち当たろう」
としているかのように見えました。
彼は船を避けようと必死にこぎました。
そして彼は怒り狂って立ち上がり
「方向を変えろ!この馬鹿ヤロウ!ぶつかるだろう」
と叫びました。
しかし叫んでも無駄でした。
もう一艘の船は彼の船にぶつかりました。
彼はまた叫びました。
「このマヌケ!こんな広い川の真ん中でどうしてぶつかるんだ!」
「どこかおかしいんじゃないのか!」
その時、彼は気づきました。
相手の船には
「誰も乗っていなかった」
のです。
錨が外れて川に流された
「空っぽの船」
に向かって彼は叫んでいました。
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このお話の教訓は
「怒り」
についてです。
この若者は
「誰も乗っていない船」
に向かって叫んでいました。
「怒り」
というのは相手に対して感じるものと考えられています。
しかし怒りの感情の真実は
「自分の中」「自分自身」
に対して起きている感情です。
例えば誰かの行動や言動に
「腹を立てる」
としたところで状況は変わりません。
賢人ならば
「相手に対して腹を立てるのは、机が机であることに対しても腹を立てるようなものだ」
というかもしれません。
ある実業家がベトナムに行った時の話です。
ガイドを
「地元の僧侶」
が務めてくれたそうです。
「様々なテーマについて考えるように」
と勧めてくれました。
ある日のテーマは
「怒り」
でした。
彼は
「怒りに任せて自制心を失ったとき」
を考えてみようと言いました。
その実業家は
「娘がへそピアスをした時」
のことを思い出しました。
ピアスが見えるお腹が丸出しの
「小さなTシャツ」
を着て出かけていたようです。
ピアスを見つけたときに
「怒り狂った父親」
を演じたようです。
怒りを演じてみて、何を思ったか振り返りました。
振り返ってみると
「2つの言葉」
が出てきたようです。
1つは
「なんて安っぽい下品な子供だろう、親の顔を見てみたい」
と思われたらどうするんだ。
もう1つは
「彼が自分の子供をあんな格好で歩かせるなんて(笑)」
と思われたらどうするんだ。
彼は
「何を気にしていたか」
に気づきました。
娘?
自分?
「へそピアスと自分のエゴ」
どちらが大きな問題だったのか・・・
怒りというのは
「誰かではなく自分に向けられたもの」
と考えることができます。
怒りに身を任せて話そうとしたとき
「対処する方法」
があります。
対処方法は
「鏡を見る」
ことです。
いつだってあなたの怒りは
「鏡の前に映っている人」
のものだということです。
そして心の中が荒れていたとしても
「決して口を開かない」
ということです。
「怒りは相手によるものではなく、自分自身の問題」
と気づいていることが大切ですね。
今日はビジネス寓話シリーズ
「一艘の船」
をお送りいたしました。